Ver.1.5
ぽっぷる・おもちゃ論
〝ぽっぷる〟の説明を通して、私のおもちゃ観をお伝えします。
ねもといさむ
POPULL
一枚の布が、色々な顔に変わる面白さ。
ふろしき、あやとり、折り紙などに通じる
シンプルな形の多様な変化。
Contents
1.良いおもちゃの条件
2.おもちゃデザインの3タイプ
3.遊び方 いろいろ
4.デザインの工夫
5.モチーフ/幼児は顔が好き
6.サイズ/モジュール
7.塗装
8.デザインに託した思い
9.グッドデザイン審査委員の評価
10.思索のフィールド
1
良いおもちゃの条件
グッドトイ・ピラミッド
©️Isamu Nemoto
「良いおもちゃ」をめぐる言説には、論理的整合性の無いものが少なくありません。
異なる階層の要素を同列に論じたり、定義が曖昧な用語を使ったり・・・。
そこで私は、良いおもちゃの条件を基本要件と魅力要件の2層に分け、三角錐の立体で表現しました。これにより、論理的に整理された内容を視覚的に理解できるようになりました。
魅力要件
おもしろい・楽しい software (遊び)
良いおもちゃについて語ることは、料理について語ることに似ています。食材、調理法、食と健康、食の安全、文化的な背景などの知識は、作る側にも、食べる側にも有意義で、調理や食事をより豊かにもします。でも、実際に食べて「美味しい!」と感じなければ、どんな理屈も消し飛びます。そういう意味で料理は「美味しい!」が、すべて。おもちゃも「おもしろい!楽しい!」がすべて。図の最上部に「おもしろい・楽しい」を配した理由です。
美しい・カワイイ hardware (モノ)
丁寧な加工、魅力ある素材、適切な色・形。
創造的 idea (発想)
新鮮な発想のおもちゃは、
幼児から大人までを魅了することでしょう。
※モジュール(module)
●日本建築における畳のように、全体を基本寸法の倍数で構成するときの、その基本寸法。
●電子回路や機械構成に一定の機能をもたせてブロック化・ユニット化したもの。
●機械の歯車の直径(㎜)を歯数で割った値。
〝木のおもちゃ界〟では モジュールと同じ意味で「基尺」が使われますが、本冊子では国内外の建築・デザイン界で広く認知され、より普遍性のある用語「モジュール」を使います。
基本要件
耐久性
「丈夫で壊れにくい堅牢性」に加え「長期間 おもちゃとして遊べる工夫」も〝おもちゃの耐久性〟だと考えました。asobiwingsのおもちゃ「ぽっぷる」は、あそびの対象年齢が幅広く、赤ちゃんから高齢者まで楽しめます。また、積木と同じモジュール※なので、顔を作る遊びに飽きても積木に混ぜて使えます。ですから、子どもの成長に寄り添うように長期にわたって遊ぶことが可能です。
安全性・清潔性
木部の塗料は食品衛生法(厚労省)に適合しています。また、石油系溶剤を含まない水性塗料で、環境に負荷をかけません。
布は、しっかりとした縫製で、汚れたら洗って清潔を保てます。
倫理性|ethical
環境への配慮もこの項目に含めます。ぽっぷるには水性ウレタン塗料を用いて、塗装作業による大気中への有害物質の放散を可能な限り少なくしています。
オリジナリティ
模倣や剽窃、類似製品の多い玩具業界とは一線を画し、独創的なアイディアを大切にしています。
普遍性
デザインは、一時の流行にとらわれることなく、普遍的な価値を持たせ、長く親しめるように考慮しています。ぽっぷるの顔は、大げさな表情を避け、飽きのこない抑制的な表現にしました。
2
ぽっぷるは、機能創造タイプ
おもちゃデザインの3タイプ
A機能創造タイプ/抽象形・具象形
機能を楽しむおもちゃ。例えば、おもしろい動きをするおもちゃ、新しい遊び方のおもちゃなど。
多くは抽象形をしていますが、具象的な形でも新しい遊びの機能を伴うものはこのタイプと考えます。asobiwingsのおもちゃは、ぽっぷる はじめ今後製品化するもののほとんどが機能創造タイプです。
B視覚表現タイプ/具象形
自動車、ぬいぐるみ、人形、ままごとセットなどのおもちゃ。おもちゃの機能・遊び方は定まっていて、色や形、表情などの視覚要素が、おもちゃとしての新規性や魅力になるタイプ。
Cシステムタイプ/抽象形
レゴやブロック・積木など、ジョイント部や形体をシステムとしてデザインし、そのシステム機能を使って遊ぶおもちゃ。
(機能創造タイプの一種と考えることもできる)
3
遊び方いろいろ
ぽっぷるは、木製本体の穴に柔らかな円形の布を差し込んだり引き出したりして、様々な形たとえばウサギ、ゾウ、花、人を作って遊ぶ おもちゃです。つぎの4タイプの遊び方ができます。
A.想像力で
本体の穴から引き出されて偶然できた布の形を見て、例えば「あっゾウさんだ」と想像力を働かせる遊び。
B.創造力で
「ウサギさんを作るためには、布をどう使ったら良いのかな」と創造力を働かせる遊び。(上のような画像を見ながら、布の使い方を工夫して同じ形を作る遊び方も、この項に含めます)
C.機能の快/行為そのものを楽しむ
幼くて具象的な形態が作れない子どもは、布を指でつまんで穴から引き出すだけでも十分に楽しく、この行為を何度も繰り返して遊びます。これは、心理学者ビューラーの唱える「機能の快」として知られる脳の働きによるもの。幼児が「できた!」と感動することにより脳内に神経伝達物質のドーパミンが分泌され「快感」や「意欲」が湧き、「楽しい!」「もっとやりたい!」という意識が生まれるのです。
D.ブリコラージュ (仏)Bricolage (寄せ集め創作)
付属の布に替えて、身の回りにあるハンカチ、端切れ、ソックス、毛糸の手袋、その他さまざまなモノを本体に組み合わせても遊ぶことができます。これは、フランスの人類学者レヴィ=ストロース言うところのブリコラージュ(寄せ集め創作)的な遊びと言えるでしょう。
遊び手は、身の回りにある様々なものを思い浮かべたり、直に見たりして、本体にこれを組み合わせたら何ができるだろう、あれではどうだろう、というように「拡散思考」を働かせます。算数のように一つしかない正解を最短距離で導き出す「収斂思考」に比べて、「拡散思考」は既成概念にとらわれず自由に考えを広げるので、新しい価値を生み出す創造力の源になります。その正解は一つではなく、数人いれば数通りの答えが正しいこともあります。まさに「みんな違ってみんな良い」のです。このような拡散思考を働かせる遊びは、自分の個性を発揮すると共に、自分以外の多様で魅力的な個性の存在に気づき、それを尊重する意識を育むことにつながるように思います。
ぽっぷるで遊ぶ大人とくに高齢者は、手指を動かすことに加えて、上記ブリコラージュ的な遊びにより見慣れた日常の空間を新鮮な視点で見直すことになります。さらに想像力や創造力、美的感覚や機智を働かせることで、脳の活性化が期待できることでしょう。
このように、ぽっぷるは、赤ちゃん、幼児、小中学生、大人から高齢者まで、幅広い年齢の人が楽しく有意義に遊ぶことができるのです。
ハンカチを使って
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デザインの創意工夫
考え抜かれた形・色・サイズ
●木部
サイズ たとえ顔を作る遊びに飽きてしまっても、既存の積木と混ぜて遊べるように、サイズを標準的な積み木に合わせました。(詳しくは「6.サイズ」の項を参照)
形1/円形 本体正面の形や目・鼻を正円にしたのは、ベビーシェマ(赤ちゃん様式)の働きにより、このおもちゃで遊ぶ人が可愛らしいと感じることを意図してのことです。ベビーシェマとは、動物行動学者コンラート=ローレンツが名付けた概念で、丸い顔、大きな瞳、ふっくらした頬など赤ちゃんの形態的特徴のこと。人はベビーシェマを本能的に可愛らしいと感じるのだといいます。さらに、円柱は角柱などに比べて手に馴染みやすく持ちやすい上に、万一、体に強く当たっても角がある立体と比べてより安全です。
形2/円筒 布を本体の穴から外側に引き出して形態を作る際、余分な布を円筒内側の空間に収めて、外観をすっきりと美しく見せることができます。
形3/底面 本体の下部の平面部を下にして棚などに置けば、作った動物の顔などの形態を、眺めて楽しむことができます。
●布部
形 円形にしたのは、正方形などに比べて方向性が無く、中心から外周部への長さが均等なため、木部の穴に差し込んで何らかの形を作った時に、布の外周部の形が視覚的に繁雑にならず、自ずと形態としての一体感を持つ美しいフォルムになるからです。
色 「男の子のモノは青色、女の子は赤色」などの固定観念を避けるために、本製品は赤色ギンガムチェック1種のみにしました。赤以外の色を使いたい時は、ハンカチや端切れを用いてください。
サイズ 布の直径は本体正面の直径の4倍の長さにしました。これより大きくすると、布を本体に挿入して任意の形態を作った時、布が余ってはみ出してしまいます。反対に、本体直径の4倍より小さいと任意の形態を作ることが難しくなります。
単位mm
40
80
直径20㎜の積み木を
差し込んで遊べます。
(誤飲防止のため3歳以上対象)
本品に積み木は付属していません
5
モチーフ/幼児は顔が好き
赤ちゃんリサーチ (ねもと友人の赤ちゃんの誕生から3歳まで成長する過程を、ビデオ映像に記録し観察)
顔の描かれたおもちゃをじっと見つめていました。
心理学者ファンツの実験
赤ちゃんは顔のパターンを最も長い時間見つめることから、顔に興味があることがわかります。
頭足人(とうそくじん)
子どもは成長の過程で、顔に手足をつけた〝頭足人〟を描きます。
顔と手足に関心があるので、表現として現れるようです。
ぽっぷるで遊ぶときも同じ意識なのかもしれません。
このように、円形の顔部だけのぽっぷるは、
発達心理学的にも幼児の遊びに適した形態と言えるでしょう。
4歳児が描いた〝頭足人〟
この〝頭足人〟のような布の組み合わせは、
この子が自由に遊んでいるときに、自発的に作った形です。
試作で遊ぶ様子を観察し、デザインの一部を修正しました。
6
サイズ/モジュール
たとえぽっぷるで顔を作る遊びに飽きてしまっても、積木と同じサイズなら、積木に混ぜて遊べます。
では、その積木のサイズは何㎜が良いのでしょう?
※モジュール(module)
●日本建築における畳のように、全体を基本寸法の倍数で構成するときの、その基本寸法。
●電子回路や機械構成に一定の機能をもたせてブロック化・ユニット化したもの。
●機械の歯車の直径(㎜)を歯数で割った値。
〝木のおもちゃ界〟では モジュールと同じ意味で「基尺」が使われますが、本冊子では国内外の建築・デザイン界で広く認知され、より普遍性のある用語「モジュール」を使います。
積木の基本寸法/モジュール※は、いろいろ
モジュールが異なる積木が混ざると
遊びにくい
積木を買い足す時にモジュールを変更すると、
今まで持っていた積木と混ぜて遊びにくい。
古い積木は使わない? 捨てる?
このように途中で積木モジュールを変えると
スイッチングコストが発生します。
だから、積木を買い足す時は、
持っている積木と同じモジュールにしなければ‥‥。
このように最初の積木のモジュールに
ロックインされてしまいます。
ですから、
積木は 初めから最適のモジュールを選びたいですね。
では、どのモジュールが良いのでしょう?
年齢別に、手の大きさと積木の関係を調べてみました。
幼児の手指の長さデータ
A.手長
年齢 男子 女子
1 96 95
2 104 104
3 112 110
4 118 115
5 123 121
6 130 129
- - - - - - - - - - - - -
手首のシワから中指
先端までの距離(㎜)
B.第二指長
年齢 男子 女子
1 37 37
2 40 40
3 42 42
4 44 44
5 46 47
6 49 49
- - - - - - - - - - - - - - -
人差し指の付け根シワ
から先端までの距離(㎜)
C.握り内径
年齢 男女
1 18
2 21
3 23
4 25
5 26
6 30
- - - - - - - - - -
親指と人差し指
で作る輪の内径
●下記の資料を抜粋引用、調整、再構成した。
(寸法は小数点以下四捨五入)
A.B.一般社団法人 人間生活工学研究センター
2005〜07 人体寸法調査
C.八藤後ら 2003 建築安全計画のための調査
年齢別 手の大きさと積木の関係
●ねもといさむ/プレイワーク 2007
観察/積木あそび
様々なモジュールの積木で遊ぶ様子を観察しました。
積み木遊びを観察して、以下の2点が強く印象に残りました。
・積み木には、子どもたちを遊びに集中させる普遍的な魅力があると、改めて感じました。
・手指の動きは非常にフレキシブルで、年齢により手指の長さに違いがあっても、それぞれが積み木の大小に対応できました。
しかし、対応には限界もあり、観察によって遊びやすいサイズを自ずと感じとることができました。
45㎜は、4歳以下の子の手には、やや大きく、積み上げて作った立体も、私には視覚的に大味に感じます。
40㎜と45㎜を比べると、長さは1.125倍で差は僅かでも、体積では1.42倍と大きな違いがあります。
30㎜は繊細な感じの立体を作れますが、小さく軽いので崩れやすい面もあり、幼い子が積み上げることはやや難しいようです。
これらを総合的に考えると、モジュールを一種に絞るなら40㎜の積木が、各年齢の子が持ちやすいサイズのように思います。※ また、40㎜の立方体は、誤飲の心配がないサイズです。
そこで、
ぽっぷるを、40㎜モジュールでデザインしました。
厚さは40㎜、直径はその2倍の80㎜です。
※他のモジュールを一概に否定するものではありません。遊びやすいサイズには、積み木の形状、遊び方、年齢など様々な要素が複雑に影響すると理解しています。
7
塗装
数年にわたり様々な塗料と塗装方法を試行しました。
テストしたのは、日米欧各社の自然オイル、溶剤系ウレタン塗料、水性ウレタン塗料、1液性、2液性、無塗装。ツヤあり、五分ツヤ消し、七分ツヤ消し、全ツヤ消し。
塗装工場への外注では、三度試し塗りをしても、様々なことを思うようには試せません。また、現場でしか分からない塗装法とその効果についての微妙な判断もできません。
そこで、塗装用具一式(コンプレッサー、スプレーガンなど)を購入し、私のアトリエに塗装ブースも整えて、様々な塗料をテストしました。そうして、今の時点ではこれが最良と思える仕上がりになりました。
丁寧な塗装
気持ちの良い手触り
「木製おもちゃの塗装は、こんなもんだ」という常識を大きく超えた丁寧な仕上げ。何度も触りたくなる気持ち良さです。
食品衛生法(厚労省)に適合
環境や人体にやさしい 水性塗料
石油系溶剤を使わないので、塗装時の溶剤揮発による環境や人への負荷を少なく抑えています。
8
デザインに託した思い
有り余るおもちゃ
幼児が所有するおもちゃを調査して驚きました。どの家にもおもちゃが溢れかえっていたのです。「こんなにたくさん必要なの?」「商業主義に踊らされていない?」「飽きたら捨てるファーストトイ?!」
量より質、おもちゃに愛着を
この現状を、デザインの魅力で楽しく変えられないだろうか。北風ではなく太陽のように、子どもが自ずと愛着を持って大切にするように。ワクワクする遊びの面白さ。他にはないオリジナリティ。長期間遊べるように壊れにくくて飽きにくい、考え抜かれた美しい形。適切なサイズ。手触りが気持ちいいい上質な素材と丁寧な加工。ぽっぷるの顔は、大げさな表情を避け、飽きのこない抑制的な表現にしました。
おもちゃ選びに「時間的展望」を
ある社会心理学の研究によれば、日本人は欧米人より長期的な視点で考える「時間的展望」が苦手なようです。だから、おもちゃを一時の興味で買って、すぐに飽きてしまうのかもしれません。例えば、1個1万円のおもちゃも、それで10年間遊べれば1ヶ月あたりの費用は80円余りで、決して高くはありません。幼児期に親しんだおもちゃで、20~30年後に今度は自分の子どもと楽しく遊べたら、素敵だなと思います。
デザインコンペのための 遊ぶための
「コンセプト・トイ」から「おもちゃ」へ
本作「ぽっぷる」は、私ねもとがデザインし、ドイツ・SINA(ジーナ)社から「OTTIオッティ」の製品名で発売されていたおもちゃを改良したものです。OTTIは、デザインコンペでのトップ賞受賞(審査委員長:故クルト・ネフ/スイスnaef(ネフ)社 創設者)を契機に、SINA社から製品化していただきました。
コンペ出品作は、自動車展示会におけるコンセプトカーのような〝コンセプト・トイ〟です。コンペの審査時に最大の魅力を発揮すように作りました。ですから、布製の耳鼻パーツの中にあるスポンジが、長期の使用では萎んでしまいます。改良版の本作は、スポンジを使わずに布だけなので耐久性があります。また、身の回りにあるハンカチなどを転用することもでき、遊びの幅が広がりました。実は、この一枚の布で遊ぶタイプが、最初に思いついたアイディアなのです。
「ぽっぷる」は、サイズ、形状、素材、塗装、全てに妥協せず仕上げました。愛着を持って末長く遊んでいただけたら幸いです。
10
ぽっぷるデザイン/思索のフィールド
遊び・癒し
女子美術大学で下のような講義をしました。(2012~2017)
〝癒し〟を切り口にした、子ども~高齢者の遊びやおもちゃに関する内容。ぽっぷるのデザインも、この大きな枠組みの中で考えています。
❶ヒーリングってなあに?
『 “癒しの地図” ヒーリングと諸概念・諸要素の関係表 』を解説。
❷ストレッサーを考える
(映画の中のストレッサー)
『アナと雪の女王』などの具体例でストレッサーを解説
❸造形遊びと ヒーリング
❹おもちゃと ヒーリング
❺遊びと ヒーリング
a.イントロダクション
今様/遊びをせんとや生まれけむ『梁塵秘抄』
(♪ “初音ミク”の歌声で)
b.遊びの意味
意味の変遷ー古代から現代
倭語/あそび、漢語/遊、英語/Playの比較
c.子どもと遊び
象徴あそび
(ふり、みたて、ごっこ)
d.人間と遊び
ホイジンガ、カイヨワの遊び論を中心に